全国連合退職校長会(全連退)

設立 1965年(昭和40年)6月10日
Update 2014年04月10日
Renewal 2014年04月01日
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全 連 退 情 報        平成13年7月26日  第15号
平成13年度 第2回 常任理事会  会長挨拶   
平成13年7月9日、常任理事会において、会長は、皆さん方の誠意ある熱心な努力に感謝する。
  信州の教育では、二つのことが大切にされてきた。①子供を大切に、子供に即してということから、昭和12年頃まで総合学習の実践が行われていた。②理論ではなく、事(実践)を大切に。存在は力である。努力が大切。という趣旨の話に続いて、
  西田幾多郎について、話をするより、文章をそのまま紹介したいとして、次の二つの文章を読まれた。


(1)師

「若き西田幾多郎先生」下村富太郎著、人文書林、昭和22年発行から先生の生涯を通じて先生に影響を与えたのは恐らく"師"は北条時敬氏一人位いではなかろうか。

北条時敬氏は明治後期の教育家として著名である。第四高等学校の粛正、広島高師の創立、東北大学総長として令名のあった人であり、最後に学習院長となって隠退された。しかし、本来は創立期の東大出身の数学者であった。

卒業早々金沢の専門学校に赴任して来られた氏について、西田先生は数学の教えを受けた。先生十七、八頃のことである。

先生は、この頃北条邸に寄寓していた。「先生が自分の家に来ないかと云われたので、私は先生の御宅にご厄介になった。先生はいつも学校から夕方帰って来られる。座敷で先生のテーブルを真中に、奥さんと私が机を並べて勉強する。遅くなると先生は私にもう寝よといはれる。私が自分の室に帰って床についても私の癖で時々眠れないことがある。すると、十二時過頃から先生の室で琴の音がきこえはじめる。夜の更けるに従って琴の音は益々冴えて来る。其中、私は寝てしまふ。遂にいつまで琴の音が続いていたかは知らない。その代り、誰もが知る如く先生は朝寝坊だ。私が学校へ行く頃、いつも先生の起きていられたことはなかった。

 
(2) 「西田幾多郎先生の生涯と思想」高坂正顕著、弘文堂、昭和22年発行。の一部

いつも先生をお尋ねしてお話を伺ふ度びに受けた印象をここに書きとめておきたいと思う。先生は決して座談に巧みな面白く話をされるという類の方ではなかった。普通の意味ではむしろその反対に属するであろう。

しかし、飾らず誇張もされない先生の話は、いつも真実があり生きていた。また常に新しかった。考えてみると、先生は別に今迄と特に異なることを話す訳ではなかった。むしろ同じ事を語られたと云えよう。しかしそれが常に新しかった。汲みたての水のように新鮮であった。少なくとも私は先生のお話を伺って帰るたびに、そのつど自分が新に甦る思いがした。生命の泉に触れる思いがした。

思いおこすと先生の場所の思想が熟しつつある頃のものであるが、先生こそ無限の水ではなかったか。その源を究めれば、そこにはいつも同じ先生がいた。しかし、先生から沸いて流れる水は決してつきなかった。先生こそ真に形而上的な無限の水脈に棹さしていられた人である。それはしかし先生の論文の育つ間で性格でもあるであらう。

先生の論文には確かに同じ思想というべきものの反復が多い。しかし不思議なことに、それがいつも生きている。何か新しい生命をはぐくんでいる。世の中には新しいことを論じていても結局、何等の新鮮さのない論文もある。しかし先生の論文は正にその正反対でなかったらうか。けだし先生の論文の底こには、それまでの先生の表現をもってしては、決して表現し切れない無限のものがのこっていたからである。それが先生をかつて死に至るまで同じような、しかし常に新しい論文を執筆させたのであろう。

ショウペンハウエルは、書物が著者以上の真理を有つものと、著作が書物以上の表現を蔵するものとの二つを分けたが、先生は寧ろ後者に属するのではないか。そのようなことを云えば、先生はむしろ拒否されるであろう。少なくとも先生の表現は、先生自身にとっても不十分であり、云い足りなかったが故に、次々に先生に新しい論文を執筆せしめたりであろう。

我々も先生の表現にこだわる必要はない。先生の求められる表現さられたものは、一見先生の哲学体系の方式とはまったく異なる方式においてのみ実現され得るのであるかも知れない。しかしこのような哲学が生まれた時、定めし先生は、そこにさぞ先生の求めものが実現し、先生の哲学の真理性が実証されたとしてよろこばれるであろう。

私はかかる意味で先生は古来の偉大な思想家たちにつながる生命の真理の上に生きていられたことを信ぜんとするものである。先生には生きた生命の泉が湧いている。しかし克にそれに触れるためには、先生の生涯の努力が示すように、常に過去を乗り越えて行かねばならない。我々も先生を乗りこえなければならない。でなければ生命の泉は停滞するのである。それが先生の意思であろう。

しかし先生を乗りこえるためには正しく先生を理解しなければならない。