平成17年度「年間活動・研究報告」 
 

 はじめのことば 

全国連合退職校長会 会長 土橋荘司

 現在過去をふり返れば、何を思い出すだろうか。それは勿論人によって種々あると思う。

  かけがえのない誰かとの出会い、死別。あるいは成功、失敗──そうした私的なことばかりでなく、多くの人が思い出す事件が次から次へと起きている記憶が多いことだろう。

  先づ頭に浮かぶのは、自然現象である。昨年の豪雨、大型台風、梅雨の期間、更に夏の猛暑が長くつづくなど、本年になってもいまだに経験のない寒気と強風、加えて各地の雪の量の多いことと、各地の低温現象が続く等である。

  また、地球上のいたる所の問題として、国の内外を問わず子どもにかかわる凶悪な痛ましい事件が多発し、実に嘆かわしい世相である。将来国を背負って立つ子どもや、若い人の健全な育成こそ、今、我々大人達に与えられた大きな責任と義務でもある。この状態こそ現におきている社会現象を如実に物語りあらわしていると思われる。さらに、昨年の尼ヶ崎の列車事故や最近の山形における強風による雪中での列車の脱線事故で尊い人命を多く亡くしていることも忘れてはならない。

  目を転じ、教育では、学校の教師が環境問題や国際問題を自己の課題として取り組みながら、歴史を創る主体としての若い新しい世代の創造と対話をしながら、どう育てて行けるのか、こういう綿密な問題意識を軸にしながら、教育問題の核となるものを抱えることが重要であると深く考えている。そのためには、人びとが日本人としての自覚のもとに個人だけを主張するのでなく公の社会奉仕を充分考慮に入れて、生活を充実して行くことにあると思う。このために全連退は“教育の日”の実践に力を入れて、全国的に取組んで行くつもりで努力を継続して行く覚悟である。

  アメリカの哲学者リチャード・ローテイは、直感と言葉の複雑性について述べている。先づ直感は歴史や文化を超えた真理を与えるものだと考えられたが、ローテイに言はせるとまったく反対で、直感というのはある考え方に慣れ親しんでいる結果、その時代、その地域の偶然的に親しまれた考え方を表わすものだといっている。従って直感的知識と言われるものを研究すると、かえって歴史性とか地域性が明らかになるといっている。また言葉の複雑性については、ソクラテスの話で、彼が死刑の前に語った言葉によると、友人から勧められたにもかかわらず、自分はなぜ脱獄をせずに留ったかを二つの語り方で述べている。その使った言葉が異なった言葉使いで自分がとどまったことを語っている。一つは自分がどう考えたかを語るもので、こういうのが人として正しい在り方だと思うとか、ソクラテスの思いを語るかたり方である。もう一方では自分の各部がどう動いてこうなっているかを語る生理学的な語り方で述べているといっている。使われる言葉に大きな違いがあるが、それに応じて、同じことを語ろうとするものでありながら、語りの中味は、まるで違っている。こうした意味での言葉の複雑性にローテイは一般の人に目を向けさせようとする考えでした。結局自分の使う言葉が本当の自分の本心を表しているかが大切である。そして、表現こそが各人が生きている意味づけを述べる言葉としてとらえ、選ぶかが重要な問題である。最後に“人間は創めることを忘れない限り、いつまでも老いずに活動することが出来ること”をかみしめて努力するつもりである。

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